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レトロニムで読む戦後の技術史|冷戦終結までに生まれた言葉
取り上げるレトロニム:41語
第二次世界大戦の終結から冷戦が終わる1990年前後までは、テレビ、トランジスタ、コンピューター、人工衛星といった新しい技術が、次々と社会や家庭に入り込んだ時代だった。
新しいものが現れると、それまで当たり前だったものは名前を付け直されて区別される。こうして生まれた言葉が「レトロニム」だ。ここでは、成立時期がおおむねこの期間にあたるレトロニムを分野ごとに並べ、言葉の側から技術の進歩をたどる。
核と宇宙開発 ── 冷戦が残した言葉
1945年に核兵器が初めて使われ、冷戦期に米ソが大量の核兵器を保有するようになると、それまでの銃砲や爆弾、戦車は「通常兵器」と呼ばれるようになった。「通常」という言葉そのものが、核の時代を前提にしている。
1957年にソ連が世界初の人工衛星スプートニク1号を打ち上げると、月のように惑星を回る天体は「自然衛星」と呼び直された。ベトナム戦争でレーザー誘導爆弾が実戦に投入されると、投下後に落ちるだけの従来の爆弾は、スマート爆弾に対して「ダム(愚かな)」爆弾、つまり無誘導爆弾になった。
放送 ── ラジオ、テレビ、そして衛星へ
テレビ放送が始まると、ドイツ語ではラジオを指していた「Rundfunk」がテレビを含む放送全般を指すようになり、音声だけの放送は「Hörfunk」と呼び分けられるようになった。日本でテレビ放送が始まった1953年当初、番組はすべてその場で放送されていたが、1958年ごろからVTRが使われ始めると、同時に放送するものは「生放送」と呼ばれるようになる。
1959年にNHK教育テレビジョンが開局すると、従来のテレビは「総合テレビ」と名付けられた。1960年にカラー本放送が始まり、1973年にカラーテレビの世帯普及率が上回ると、従来の受像機は「白黒テレビ」になった。ラジオでも1969年にFM放送が本格的に始まり、従来の放送は「AMラジオ」と呼ばれるようになった。
1980年代以降は衛星放送やケーブルテレビが広まり、地上の送信所から届く従来の放送は「地上波」と呼ばれるようになった。スペイン語圏の「Televisión abierta」も同じ構図で生まれた言葉だ。アメリカでは1980年代初めにクローズドキャプションが始まり、誰にでも見える従来の字幕が「open captions」と呼ばれるようになった。
音楽と録音 ── 電気の楽器からデジタルの音へ
1948年にLP盤、翌年にEP盤が登場すると、従来のレコードは「SP盤」と呼ばれるようになった。1950年代後半にステレオレコードが発売されると、1つの経路で音を記録・再生する従来の方式は「モノラル」になった。
楽器も電気化が進んだ。1950年代にソリッドボディのエレキギターが量産され、1951年にはフェンダー社がプレシジョン・ベースを発売した。これにより、従来のギターは「アコースティックギター」、ポピュラー音楽のコントラバスは「ウッドベース」と呼ばれるようになった。1960年代から1970年代にかけて楽器用アンプの多くがトランジスタ式に置き換わると、従来のアンプは「tube amplifier(真空管アンプ)」と呼び分けられた。
1960年代にコンパクトカセットが普及すると、リールがむき出しの録音機は「オープンリール」になった。シンセサイザーでは、1970年代半ばに和音を出せる機種が登場して単音の機種が「モノフォニック」と呼ばれ、1983年発売のヤマハDX7などデジタル方式がヒットすると、従来の機種は「アナログシンセ」になった。1982年にCDが発売され、日本では1986年に生産枚数でLPを上回ると、レコードそのものが「アナログレコード」と呼ばれるようになった。
時計と電話 ── 「アナログ」「機械式」の誕生
1969年12月、セイコーが世界初のクオーツ腕時計「アストロン」を発売すると、ゼンマイで動く従来の腕時計は「機械式時計」と呼ばれるようになった。1970年代にはデジタル表示の時計が身近になり、針で時刻を示す時計は「アナログ時計」になった。
電話でも同じ1969年にプッシュ式電話機が登場し、指で穴を回す従来の電話機は「ダイヤル式」と呼び分けられるようになった。ドイツ語でも、トーン信号で番号を送る方式の導入によって、従来のパルス式が「Impulswählverfahren」と呼ばれるようになった。
コンピューター ── 「計算する人」から個人のパソコンへ
「computer」はもともと計算をする人を指す言葉だった。電子式の計算機が普及してこの語が機械を指すようになると、人間の計算手は「human computer」と呼ばれるようになった。
1960年代以降、電子ファイルで文書を扱うことが増えると、紙の写しは「hard copy」になった。ASCIIに逆向きの「\」が加わって「backslash」と呼ばれると、もとの記号は「forward slash」と呼ばれることがあるようになった。1970年代にフロッピーディスクが登場して従来のディスクは「hard disk」になり、机ほどの大きさのミニコンピューターの登場で、従来の大型機は「mainframe」と呼ばれるようになった。1977年にApple IIがヒットすると、最初の機種は「Apple I」になった。
1980年代には設計や書き方の考え方にも名前が付いた。RISCが提唱されると従来のプロセッサ設計は「CISC」、オブジェクト指向が広まると従来の書き方は「procedural programming」と呼ばれるようになった。書式付きの文書が登場して文字だけのデータは「プレーンテキスト」になり、ネットワークや電子メールが広まると、ディスクを持ち歩く方法は「sneakernet」、郵便は「snail mail」と呼ばれた。日本でもワープロの普及によって「手書きの手紙」という言い方が生まれた。
- ComputerElectronic computer の登場Human computer
- CopyElectronic files の登場Hard copy
- SlashBackslash の登場Forward slash
- DiskFloppy disk の登場Hard disk
- ComputerMinicomputer の登場Mainframe computer
- Apple ComputerApple II の登場Apple I
- ComputerReduced instruction set computer (RISC) の登場Complex instruction set computer
- ProgrammingObject-oriented programming の登場Procedural programming
- テキストリッチテキスト の登場プレーンテキスト
- Data transferComputer network の登場Sneakernet
- MailEmail の登場Snail mail
- 手紙ワープロ・電子メール の登場手書きの手紙
交通と素材 ── 速く、大きく、人工的に
ジェット機が旅客輸送の主役になると、従来の飛行機は「prop airplane(プロペラ機)」と呼ばれるようになった。1970年代初めにボーイング747などのワイドボディ機が登場すると、通路が1本の従来の旅客機は「narrow-body」になった。日本では東海道新幹線の開業によって、並行する従来の路線が「在来線」と呼ばれるようになった。
身の回りの素材にも人工のものが増えた。1964年にクラレが人工皮革「クラリーノ」を発売するなど革に似た素材が広まると、従来の革は「本革」と呼ばれるようになった。1966年にアストロドームで人工芝が採用されて世界に広まり、日本でも1970年代以降に普及すると、本物の芝は「天然芝」になった。
まとめ
この時代のレトロニムを並べると、「アナログ」「機械式」「手書き」「白黒」のように、電子化・デジタル化された新しいものに対して、従来のものの性質を言い表す言葉が多い。一方で「通常兵器」「自然衛星」のように、核や宇宙開発という冷戦期ならではの技術が、日常の言葉の意味まで変えた例もある。
冷戦が終わった後の1990年代以降は、携帯電話やインターネットの普及によって「固定電話」「紙の本」などのレトロニムが生まれていく。新しい言葉が増えるほど、それまでの当たり前に名前が付いていく流れは今も続いている。
※各語の成立時期は目安。詳しい経緯と出典は各項目のページに記載している。