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レトロニムで読むデジタル時代|1990年代以降に生まれた言葉

取り上げるレトロニム:40語

冷戦が終わった1990年代以降、携帯電話とインターネットが一気に広まり、続いてスマートフォン、配信サービス、クラウドが登場した。技術の主役が「モノ」から「データ」と「ネットワーク」へ移った時代といえる。

この時代に生まれたレトロニムには、「紙の」「物理」「リアル」「対面」のように、デジタルやオンラインではないことをわざわざ示す言葉が目立つ。ここでは、成立時期がおおむね1990年代以降にあたるレトロニムを分野ごとに並べ、言葉の側から変化をたどる。

電話 ── 携帯電話からスマートフォンへ

日本では2000年に携帯電話とPHSの契約数が固定電話を上回った。「電話する」だけではどちらの番号か分からなくなり、自宅や職場の回線は「固定電話」と呼び分けられるようになった。

2007年にiPhoneが登場してスマートフォンが広まると、今度は従来型の携帯電話が「フィーチャーフォン」(ガラケー)になった。タッチパネルの画面上に「ボタン」が表示されるのが当たり前になり、押し込むボタンは「物理ボタン」と呼ばれるようになった。アプリストアから入れるアプリとブラウザで動くWebアプリが並ぶと、前者は「ネイティブアプリ」と呼ばれた。2016年にiPhoneがイヤホンジャックを廃止し、AirPodsが発売されると、ケーブル付きのイヤホンは「有線イヤホン」になった。

写真と映像 ── フィルムからデジタル、3Dへ

1990年代後半から一般向けのデジタルカメラが普及し、2002年には出荷台数でフィルムカメラを逆転した。カメラは「フィルムカメラ」と断って呼ばれるようになり、画像を切り出して拡大するデジタルズームの登場で、レンズによる拡大は「optical zoom」になった。

1995年公開の『トイ・ストーリー』以降CGアニメーションが増えると、紙やセルに描く従来の手法は「手描きアニメ」と呼ばれるようになった。2000年代に液晶やプラズマの薄型テレビが普及すると、箱型のテレビは「ブラウン管テレビ」になった。2009年の『アバター』のヒットで3D上映が広まると、通常の上映は「2D映画」、スペイン語では「Cine 2D」と表記されるようになった。

インターネット ── 「リアル」と「紙の」の誕生

インターネットは、現実の側に名前を付けた。1980年代後半から1990年代にかけて、パソコン通信で知り合った人が実際に集まる会は「オフ会」と呼ばれ、英語ではcyberspaceに対する現実世界が「meatspace」と呼ばれた。1990年代後半からネット通販が広まると、建物を構える店は「リアル店舗」「実店舗」になった。2004年頃に「Web 2.0」という言葉が使われ始めると、それ以前のウェブは「Web 1.0」と呼ばれるようになった。

文字の世界でも「紙の」が付く言葉が増えた。1990年代に電子辞書が登場して「紙の辞書」が、2010年の「電子書籍元年」を経て「紙の本」が、2010年代に新聞の有料電子版が相次いで始まると「紙の新聞」が生まれた。2000年に米国でE-SIGN法、2001年に日本で電子署名法が施行されると、ペンで書く署名は「手書き署名」と呼ばれるようになった。

配信 ── 手に取れるメディアの再定義

2000年代に音楽のダウンロード販売が広まり、2010年代には音楽・映像ともにストリーミング配信が主流になった。CDやDVD、ゲームのディスクのように手に取れる媒体は「物理メディア」と呼ばれるようになった。テレビでも、見たいときに番組を選べる視聴方法が広まったことで、決まった時間に番組が流れる従来の放送が「linear television」と呼ばれるようになった。

コンピューター ── 持ち運び、無線、クラウドへ

1990年代にノートパソコンが家庭や職場に広まると、机に置いて使う従来の機種は「デスクトップパソコン」になった。2000年前後に光学式マウスが普及すると従来の方式は「ボールマウス」に、2000年代初頭にSerial ATAが導入されると従来の規格は「Parallel ATA」になった。1997年に無線LANの規格が策定され、2000年代にWi-Fiが普及すると、ケーブルでつなぐLANは「有線LAN」と呼ばれるようになった。

製品の世代交代も名前を生んだ。Appleが1997年にNeXTを買収してMac OS Xを投入すると、それ以前のOSは「Classic Mac OS」と呼ばれた。2007年には元祖のiPodが正式に「iPod classic」と名付けられ、2000年に発売されたプレイステーション2の登場で、元の機種は「初代プレイステーション」になった。

2000年代以降はサーバーのあり方も変わった。仮想化が普及すると、物理サーバーをそのまま使う形態は「ベアメタル」と呼ばれ、2006年以降に「クラウドコンピューティング」の名称が浸透すると、自社で設備を持つ従来の形態は「オンプレミス」と呼ばれるようになった。2010年代に3Dプリンターが一般に広まると、ドイツ語では従来のプリンターが「2D-Drucker」と呼び分けられた。

移動と素材 ── 電動化と合成技術

1997年に量産ハイブリッド車が発売され、2010年前後に量産型の電気自動車が登場すると、従来の自動車は「ガソリン車」と呼び分けられるようになった。ドイツ語では燃料電池車の登場で、バッテリー式の電気自動車が「batterieelektrisch」と形容されるようになった。自転車でも2010年代に電動アシスト自転車が急速に普及し、フランス語では人力の自転車が「vélo musculaire」と呼ばれるようになった。

2010年代以降は、宝石品質の合成ダイヤモンドが安価に作られて宝飾品市場に広まり、従来のものが「天然ダイヤモンド」と呼び分けられるようになった。

暮らしの仕組み ── セルフ化とコロナ禍

2010年代以降、スーパーやコンビニでセルフレジが広く導入されると、店員が会計するレジは「有人レジ」になった。支払いだけを客が行うセミセルフレジが増えると、すべてを客が行うレジは「フルセルフレジ」と呼び分けられた。

2020年の新型コロナウイルス感染拡大は、短期間に新しい呼び名を生んだ。Web会議ツールの急速な普及で、同じ部屋に集まる会議は「対面会議」になった。プロスポーツでは無観客試合が一時主流となり、観客を入れる試合が「有観客試合」と呼ばれた。

まとめ

1990年代以降のレトロニムを並べると、戦後から冷戦期にかけて多かった「アナログ」「機械式」に代わり、「紙の」「物理」「リアル」「対面」「有線」といった、デジタル・オンライン・ワイヤレスではないことを示す言葉が増えている。モノそのものよりも、ネットワークにつながっているかどうかが新旧を分ける基準になったことが分かる。

また、電話やカメラのように、かつて新しかったものが数十年のうちに古い側へ回る例も多い。携帯電話の登場で「固定電話」が生まれ、スマートフォンの登場で携帯電話そのものが「フィーチャーフォン」になったように、レトロニムは技術が入れ替わるたびに重なっていく。

※各語の成立時期は目安。詳しい経緯と出典は各項目のページに記載している。

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