Retronym — byzantine empire
ビザンツ帝国とは?意味・「ビザンツ帝国」と呼ばれるようになった理由
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概要
- 元の名称「ローマ帝国」
- 新しく登場したもの後世の歴史学
- 呼び分けの必要元の「ローマ帝国」を区別する必要が生まれる
- レトロニム「ビザンツ帝国」
当時の人々は自らをローマ帝国と称していたが、後世の歴史家が西ローマ帝国滅亡後の東ローマ帝国を区別するためにビザンツ帝国と呼ぶようになった。
ビザンツ帝国とは
395年にローマ帝国が東西に分かれた後、東側に存続した帝国のこと。首都はコンスタンティノープル(現在のイスタンブール)で、1453年にオスマン帝国に滅ぼされた。
なぜ「ビザンツ帝国」と呼ばれるようになった?
「後世の歴史学」が登場したことで、それまでの「ローマ帝国」と区別する必要が生まれ、「ビザンツ帝国」という呼び名が使われるようになった。
元々は何と呼ばれていた?
後世の歴史学が登場する前は、単に「ローマ帝国」と呼ばれていた。
ビザンツ帝国が必要になった背景
その人々は滅亡まで自らを「ローマ人」、国を「ローマ帝国」と称し続けていた。「ビザンツ(ビザンティン)」は首都の旧名ビザンティオンに由来し、16世紀のドイツの学者ヒエロニムス・ヴォルフが1557年の史料集で用いたのが始まりとされ、18世紀にモンテスキューらフランスの著述家を通じて定着した。
ビザンツ帝国の具体例・使われ方
日本では「東ローマ帝国」「ビザンティン帝国」とも呼ばれ、美術や建築では「ビザンティン様式」のように使われる。当時の人々が使わなかった名前が、後世の区別のために与えられた例である。
レトロニムとしての特徴
- 元の名称
- ローマ帝国
- 新しく登場したもの
- 後世の歴史学
- 成立時期
- 16世紀以降
- 主に使われる言語
- 日本語
- ステータス
- 確定